子供たちよりも、子供なのが大人の年下、十代チーム。
?振りをおぼえられない → 踊れない → つらい → つらいから、練習に来ても話してばっかりで踊らない → 誰かに注意される → へこむ → 練習に来たくなくなる → やめたい → やめる
つらいのが、自分だけだと思っているわけではないのに、乗り越えられないこんな図式が、なりたっちゃう。
注意されて泣いちゃうって・・・
「私の方が泣きたいよ」といっていた子もいたし。
確かに、そのこの方が今は泣きたい状況だったりするので、同情しちゃう。
つらいのは当たり前、前にも書いたけど、つらいのです。好きで踊っているのに、つらくて仕方なくなるの。どうしてこんな思いしてまで、踊ってるんだろうと思ってくるのよ。
それを乗り越えるから、終わったときに達成感があるんじゃない。
?みんなが自分の練習に打ち込む → 誰にも相手にされない → 仲間はずれになった気がする → すねる → すぐに「疲れた」という。
「疲れた」って。
疲れたなら黙って自分で好きなだけ休めばいいんだよ。
1回ずつしか踊れないんだから、それを積み重ねることしか出来ないんだから、その一回踊る時間をどうやって作っていくかなんだから、好きなだけ休めばいいんだよ。
?人がちゃんとやっていないのが、見ていて腹が立つ → 一緒にやりたくない → その場にいられない
一緒にやりたくないって・・・ちゃんとしない人に腹が立つって。
自分が踊れるからといって、その場にいなくて、練習に参加しないなら、それは「疲れた」って休んでる子と何も変わらない。むしろ人のせいにしている分だけ始末が悪いと思っちゃう。
もう、本当に・・・学校じゃないんだから、部活と違うんだから。
どうして、そんなに人に左右されるのか全く理解できない。
みんな、踊りたくってきてるんじゃないの?
まず、踊りたい気持ちで来てるんでしょ?
もう、こんな当たり前のこと・・・・訳分からない。
その人がこの三ヶ月をどうやって過ごしたかが舞台にあがる。
全部終わったときに、自分がどれだけ満足できるかは、その人々によって違う。
みんな、満足して感動するよ。でもそれぞれ違うと思うの。
一丸となるって同じ事をするんじゃない気がする。
みんなが、自分がしなくちゃいけないことをわかって、更に出来る事をやる。回りで助けが欲しそうな人のサポートをする、目標に向かってパーツの一個一個を、パートのある部分を、それが全体の中でどこなのかをわかっていて、自分なりに磨いて行くって事なんじゃないのかな?
私が十代のときもこうだったかな。
?振りをおぼえられない → 踊れない → つらい → つらいから、練習に来ても話してばっかりで踊らない → 誰かに注意される → へこむ → 練習に来たくなくなる → やめたい → やめる
つらいのが、自分だけだと思っているわけではないのに、乗り越えられないこんな図式が、なりたっちゃう。
注意されて泣いちゃうって・・・
「私の方が泣きたいよ」といっていた子もいたし。
確かに、そのこの方が今は泣きたい状況だったりするので、同情しちゃう。
つらいのは当たり前、前にも書いたけど、つらいのです。好きで踊っているのに、つらくて仕方なくなるの。どうしてこんな思いしてまで、踊ってるんだろうと思ってくるのよ。
それを乗り越えるから、終わったときに達成感があるんじゃない。
?みんなが自分の練習に打ち込む → 誰にも相手にされない → 仲間はずれになった気がする → すねる → すぐに「疲れた」という。
「疲れた」って。
疲れたなら黙って自分で好きなだけ休めばいいんだよ。
1回ずつしか踊れないんだから、それを積み重ねることしか出来ないんだから、その一回踊る時間をどうやって作っていくかなんだから、好きなだけ休めばいいんだよ。
?人がちゃんとやっていないのが、見ていて腹が立つ → 一緒にやりたくない → その場にいられない
一緒にやりたくないって・・・ちゃんとしない人に腹が立つって。
自分が踊れるからといって、その場にいなくて、練習に参加しないなら、それは「疲れた」って休んでる子と何も変わらない。むしろ人のせいにしている分だけ始末が悪いと思っちゃう。
もう、本当に・・・学校じゃないんだから、部活と違うんだから。
どうして、そんなに人に左右されるのか全く理解できない。
みんな、踊りたくってきてるんじゃないの?
まず、踊りたい気持ちで来てるんでしょ?
もう、こんな当たり前のこと・・・・訳分からない。
その人がこの三ヶ月をどうやって過ごしたかが舞台にあがる。
全部終わったときに、自分がどれだけ満足できるかは、その人々によって違う。
みんな、満足して感動するよ。でもそれぞれ違うと思うの。
一丸となるって同じ事をするんじゃない気がする。
みんなが、自分がしなくちゃいけないことをわかって、更に出来る事をやる。回りで助けが欲しそうな人のサポートをする、目標に向かってパーツの一個一個を、パートのある部分を、それが全体の中でどこなのかをわかっていて、自分なりに磨いて行くって事なんじゃないのかな?
私が十代のときもこうだったかな。
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